東日本大震災が起きた日は息子の高校の卒業式でした。
息子は通信教育でしたので、卒業式は地元のホテルの一室で行われました。その時、私の両親も参加したので、終わった後は全員で私の車に乗って帰宅しました。
両親を実家に送るために、息子だけ先に家におろして実家に向かう途中に地震が起きました。車のなかにいてもすごい揺れで、電柱やブロック塀が倒れるのではないか?と思うほどでした。実家のすぐ近くでしたので、とりあえず2人を降ろして、
家のなかにはいる前に両親が家に残した息子を心配して私には帰るように言いました。
それから家に帰ると、息子は無事でした。
帰宅途中、踏切を通ろうとしたら、電車が動いてなくて延々と開かなくて、こういうときは踏切を避けないとだめなのだと知りました。もちろん、迂回しました。
すぐお隣の県でしたから、その後の放射線の数値も気になるし、
計画停電の時には冷蔵庫の心配もしなきゃならないし、余震も続くし、おちおち寝てられなくて、昼間にうとうとすることもありました。
ちょうど春分の日に、親戚が線香をあげに来たのですが、私は寝ていて、雨戸をどんどん叩かれて、飛び起きて玄関に向かう途中、階段落ちしました。
その日は祭日で開いてる病院も限られて、
診てもらったところ、骨は折れてないからと湿布を出されたのですが、しばらくは腫れがひどくて痛くて困りました。そこはほんとにひどくて、固定もしてくれないし、リハビリもなくて、その後なかなか治らなくて、困って違う病院に行ったところ、今からでもリハビリしたら良くなると言われて、ほんとに治りました。時間はかなりかかりましたが。
それでも、津波が来るわけでもなく、建物が壊れたわけでもなく、家族全員無事だったのですから、文句も言えませんね。
高市早苗さんは、原発推進派と、ネットなどのニュースを見て勝手に思いましたが、今日の記念式典でのスピーチでは、教訓として…と話されていましたね。矛盾を感じました。
せめて廃炉になってから、そういうことは考えてもらいたいものです。いまだ途中ですよね。
大都会で使う電力を発電するために、地方が使われ、原発のごみの処分も地方が使われ。
東京の人たちは、そういうことはどう考えてるのか気になります。私は家の近くに原発が作られたらとても嫌です。